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ランニングの基礎知識

【やさしいランニングの基礎知識】 健康科学課 吉久 武志 (スポーツ科学員)

 今や成人のジョギング・ランニング人口は1,000万人を超えると言われています(2012年,笹川スポーツ財団調べ)。ランニングはウォーキングと並んで、手軽に始められる運動の代表格です。ランニングの目的は、運動不足やメタボの解消のために、フルマラソン挑戦のために、など人それぞれでしょう。また走るスピードや距離・頻度も、その人の目的や体力レベル・環境などによって大きく異なります。このコーナーでは、ランニングをより安全・快適に楽しむため、あるいはより質の高いものにするための様々な知識を、当センターでこれまでに収集したデータなども交えて、なるべくわかりやすく解説していきたいと思います。

1 ランニングとウォーキングの違い

(1) 動きの違い

 ウォーキングもランニングも2本の脚を交互に前に出して進むという点では同じです。では違いはどこにあるのでしょうか。  下の写真はウォーキングとランニングの一歩を真横から見たものです。写真を比べてみると、大きく違うのは両足が同時に地面から離れる場面があるかどうかです。「写真ア」のウォーキングでは、前に出した足が地面に着いてから後ろの足が地面を離れるので、少なくとも片方の足は地面に着いています。一方、「写真イ」のランニングでは、両足が地面から大きく浮き上がっていることがわかります。

 次に、腰や頭の位置の変化を観察してみましょう。写真上の黄ラインは、腰の真下に軸足(体重を支えている足)がある時の腰の高さを表しています。また赤ラインは頭の高さを表しています。
 ウォーキングでは、足を前に出していくとき腰や頭の位置が低くなります。つまり体が地面に向かって落下していくということです。落下する動きを利用して前に進み、その勢いを使って次の足に体重を移動していく、という流れを繰り返しています。これは非常に効率の良い(無駄のない)動きということができます。

 ランニングのほうはどうなっているでしょうか。ウォーキングとは正反対で、足を前に出したときには腰や頭の位置が高くなっています。両足とも地面から浮いているので、ランニングは片脚でジャンプをしながら前に進んでいく運動ということになります。重力に逆らって体を押し上げなければならないので、ウォーキングと比べると大きなパワーを使います。そうして浮き上がった体はまた地面に向かって落下してきます。高いところから落下してくる体を受け止めるので、前に出した脚には大きな負荷がかかります。しかしただ受け止めるだけではせっかくのジャンプが無駄になります。脚がバネのように働き、蓄えたエネルギーを次の一歩に活かすことができれば、無駄なく速く進むことができるのです。

(2) 消費エネルギーの違い

 前項でランニングとウォーキングにはその動きに大きな違いがあることを説明しました。体を動かすにはエネルギーが必要ですが、動かし方が違えばそれによって消費されるエネルギー量も異なります。ではランニングやウォーキングをするとどのくらいのエネルギーが使われるのでしょうか?

ア.呼吸分析による消費エネルギーの測定

運動によって消費されるエネルギー量を求めるために、その運動を行っている時の呼吸を分析するという方法があります。運動の主なエネルギー源となる炭水化物や脂肪は、酸素を使って体内でエネルギーに変換されるため、運動中に使った酸素の量(酸素消費量)を調べることによって間接的に消費エネルギー量を知ることができるというわけです。

実際に呼吸を測定している様子をご覧ください(写真ア)。顔にマスクを装着し、口や鼻からはいた空気を呼吸分析システムによって測定しています。このようにして運動中の酸素消費量を求め、そこから消費エネルギー量を算出します。運動によって酸素を1リットル使った場合、その運動の消費エネルギーは約5kcalとなります。

(写真ア)

イ.消費エネルギーの推定式

では自分がランニングやウォーキングを行ったときの消費エネルギー量を知るためには必ずこのような測定をしなければならないかというと、答えは「いいえ」とも言えますし、「はい」とも言えます。まずは「いいえ」のほうから説明しましょう。 なぜ測定しなくてもよいかというと、ランニングやウォーキングを行った場合の酸素消費量は、下記の式で簡易に推定(概算)できることがわかっているからです(安静時の消費分は含んでいません)。

ウォーキング  酸素消費量(ml/分)= 0.1 × スピード(m/分)× 体重(kg)
ランニング   酸素消費量(ml/分)= 0.2 × スピード(m/分)× 体重(kg)

式の中にある「スピード」は、ウォーキングで50~100m/分(時速3~6km)程度、ランニングで134m/分(時速8km)以上、とされています。時速6~8kmは、ウォーキングの場合もランニングの場合もあると思いますが、いずれか実際に行っているほうの運動の式に当てはめて計算してください(ただし推定の精度は落ちます)。

上の式をさらにわかりやすい形に書き換えると、

ウォーキング 酸素消費量(L)= 0.1 × 距離(km)× 体重(kg)
ランニング 酸素消費量(L)= 0.2 × 距離(km)× 体重(kg)

となります。上で述べたように、酸素消費量1リットルは約5kcalの消費エネルギーに相当しますので、酸素消費量を消費エネルギーに置き換えると、

ウォーキング 消費エネルギー(kcal)= 0.5 × 距離(km)× 体重(kg)
ランニング 消費エネルギー(kcal)= 1.0 × 距離(km)× 体重(kg)

となります。つまり、大まかに消費エネルギー量を知りたい場合は、実際に呼吸を測定しなくても「移動した距離」と「体重」さえわかれば簡単に計算できるということです。

ウ.消費エネルギーの実測例

しかし、同じスピードでランニングやウォーキングをしたとしても、消費エネルギーには多少の個人差があります。先ほどの質問の答えが「はい」となるのは、消費エネルギーを正確に知りたい場合です。実際に測定したデータをご覧いただきましょう。

グラフA:ランニング時の酸素消費量

グラフAはランニング中の酸素消費量のデータです。5~6段階のスピードでランニングを行って各スピードでの酸素消費量を測定し、その関係をグラフに表しました。「ランニング(推定式)」のラインは、上でご紹介した推定式に安静時の酸素消費量分を上乗せしたラインです。
「市民ランナー」のグラフは男性・女性ともに概算式のラインに近くにありますが、「陸上(長距離)選手」のグラフは概算式のラインよりもかなり下側にきています。つまり長距離ランナーの走りは「省エネ」であるということがわかります。

グラフB:競歩選手の酸素消費量

グラフBは競歩選手4名のデータです。「ランニング/ウォーキング(推定式)」のラインはグラフAと同様です。競歩はウォーキングとはいえ、そのスピードは通常のウォーキングをはるかに超えてランニングの範疇となります。酸素消費量もウォーキング(推定式)のライン上ではなくランニングのライン付近にあります。つまり競歩の場合はランニング並みかそれ以上のエネルギーを消費するということです。また、この4選手のグラフは縦に大きくばらついています。つまり同じスピードで歩いても消費エネルギーには大きな個人差があるということです。黄色のラインの選手と比べると、紺色のラインの選手はかなり「省エネ」であることがわかります。

エ.まとめ

(ア)通常のスピードでのウォーキングやランニングで消費するエネルギー量は、移動距離と体重から概算することができます。移動距離あたりの消費エネルギーは一般的にランニングよりもウォーキングのほうが少なくて済みます。

(イ)個人の消費エネルギーを正確に知るにはランニングやウォーキング中の呼吸の分析をします。そしてスピードと消費エネルギーの関係を見てみると、その運動が経済的にできているかどうかを評価することもできます。また、スピードを段階的に上げながら限界まで走り続けた時の呼吸を分析すると、「最大酸素摂取量」を知ることができます。これは心肺機能をはじめとした全身持久力を表す指標として用いられています。全身持久力は長距離のランニングなどにおける重要な体力要素ですが、これについては次項で触れたいと思います。