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リハビリ室コラム / Rehabilitation Column

第23回 バイオメカニクス学会 参加記 横浜市スポーツ医科学センター リハビリテーション科 玉置 龍也 (理学療法士)

 日本バイオメカニクス学会は、人間の身体運動に関する科学的研究と情報共有の促進を目指し2年に1度開催される学会です。今年は、医科学と情報サポートにより日本のトップスポーツを支える国立スポーツ科学センター(JISS、東京都北区)において、9月13日から15日の3日間で行われました。23回目を迎える今回は「身体運動の測定と評価」がテーマでした。

《学会会場の国立スポーツ科学センター》

 バイオメカニクスとは耳慣れないかもしれませんが、人体の構造や運動について力学的に探求し、その仕組みの解明と実際の応用を目指す学問です。本学会は日本体育学会の分科会でもあり、スポーツに関連した題材を多く扱います。ただし、スポーツには一般的に連想される競技スポーツや体育だけでなく、余暇としてのレクリエーションスポーツ、健康増進などの幅広い分野を含みます。内容についても競技力向上、スポーツ外傷・障害、発育や発達、高齢者の健康問題、人の運動や動作にまつわる脳神経機能など、人の身体にまつわる多様なテーマが含まれていました。
 端的に言って、バイオメカニクスの手続きは次の2つに集約されると考えられます。

  1. 身体活動をいかに正確に捉えてデータとして得るか
  2. 得られたデータをどのように解釈して応用するか

 1の点では、年々進歩する計測機器のおかげで、測定データの精度は急速に向上しています。そのおかげでこれまでは追い切れなかった高速の運動や細かな動き、計測が難しかった環境下での実験なども可能になりつつあります。また、コンピュータやソフトウェアの性能向上により、大量のデータ蓄積が可能となり、時間を要した分析も比較的短時間で行えるようになってきました。
 その中で、測定技術の進歩に比して2の測定の進め方や応用については同様の進歩が得られたか、という提起が学会長よりありました。すなわち、「バイオメカニクスによる科学的データをいかに活用するか」という点が今回の学会で最大のテーマであったと思います。今回はそのテーマに沿って、1つの特別講演と2つのシンポジウムが行われました。

 特別講演はJISSの主任研究員である平野裕一先生による「バイオメカニクスデータの即時フィードバック」でした。JISSは国際的にも活躍するトップアスリートの活動をサポートしています。競技に関する練習や試合のデータは、選手の課題を浮き彫りにし、トレーニングに反映されることに意味があります。そこでは即時的で、精度の高いデータによるフィードバックが必要になり、そのために課題を分析・評価できるシステムを予め準備しておくことが重要とのことでした。
 我々の従事するリハビリテーションの分野でも、競技選手の復帰は時間との戦いです。その場で得られた評価結果により、現状を判断し、目標を定めることで、復帰までの道筋をつけて治療を進めます。評価の結果がその場でのリハビリテーションプログラムに反映される以上、スポーツ現場以上に評価の即時性と精度が同時に求められるとも言えます。JISSの活動から示唆された、課題を分析・評価できるシステムの作成は、我々にとっても重視すべき項目であると改めて認識しました。

 2つのシンポジウムは「測定の精度」と「研究成果の応用」というテーマでした。
「測定の精度」については、測定機器の性能や実験方法、解析手法などにより一定のばらつきが生まれます。また、検討したい内容に対して測定が妥当か、という点でもずれが生じる可能性があります。科学分野では、前者について精度、後者について正確度と呼び、精度を誤差、正確度を偏りと呼ぶこともあります。
 シンポジウムでは、様々な実験方法や解析手法について、この誤差を生じる要因やその注意点など技術的な点が具体的に示され、実際に実験を行う者としては大変参考になりました。また、「精度といかに向き合うか」という主題については、測定する対象や項目に応じて必要な精度が変わってくるため、その点に留意して計測を行う必要がある、という形でまとまりました。すなわち、測定精度には一定の限界があるものの、対象に応じて正確度を高め、得られたデータの精度の中で扱える内容について論じることが重要ということだと思います。結論を文字にするとやや教科書的ではありますが、実際に取り組む分野の具体的な実験や手法などを題材に精度や正確度の考え方を提示していただけたことで、その理解度はいっそう増したものと思います。
 もう1つの「研究成果の応用」については、バイオメカニクスの研究をいかにスポーツ現場や社会に還元するか、ということがテーマでした。内容もスポーツ製品、障害者スポーツの用具、高齢者の測定器具、そしてトップスポーツでのデータ活用と非常に多岐にわたり、興味深いものでした。中でも、高齢者の測定器具についてお話しをされた東京大学准教授の吉岡伸輔先生のお話は大変興味深いものでした。
 岡先生が開発した高齢者の測定器具は、「筋力余裕度計」というもので、脚に2つの計測用ベルトを装着してしゃがみこみ、すばやく立ち上がるという動作を行うだけで、日常に必要な最低限の筋力に対する現在の筋力の状態を推測できるものです。横浜市スポーツ協会でも、横浜市民の健康増進や体力向上に貢献すべく、この器具を実際に用いて事業や研究を行っています。このように研究結果が実際の製品として「かたち」になって一般社会に広がるインパクトは大きいものです。特に身体にまつわる分野では、体重計や体脂肪計のように一般家庭に普及することで、それ自体が自己管理を促すツールになりうるとのことでした。我々の行う活動の成果を、広く、そして永く社会の成果として残すには、何らかの「かたち」としていくことが重要になると、改めて考えさせられました。
 現在、横浜市スポーツ医科学センターの理学療法士は、施設内ではリハビリテーション科MECのプログラム開発で競技選手や一般患者の治療に携わっています。しかし、できればこの成果を広く市民に還元したいと、現在活動の場を徐々に広げつつあります。市内スポーツ大会でのメディカルサポート、少年野球のメディカルチェックや障害予防教室、横浜市各区の講演、横浜ビーコルセアーズや横浜商業高校でのトレーナー活動などはその考えのもとでこの3年間に広げてきた活動ですが、これらも我々の活動がなくなれば途絶えてしまう可能性があります。製品としての「かたち」を残すことは容易ではありませんが、それだけが全てではありません。論文や書籍、運動プログラムや評価法などとして成果を残すことが、我々の意思や意図を伝えることになるのだと思います。

 バイオメカニクスの学会は、先に述べたように体育系の学会であり、医療関係者の参加はあまり多くありません。今回は同期間に「日本整形外科スポーツ医学会」が開催されていたため、いっそうその傾向が強かったと思います。ただし、スポーツを多面的に、そしてより詳細に捉えようとするこの学会の姿勢は、横浜市においてスポーツの様々な場面に携わる我々の施設にとって得るものが大きかったと感じています。本学会では当センターからの発表はありませんでしたが、2年後となる次学会では我々の活動を「かたち」として残すべく、発表にも臨みたいと思います。